デザイン判例帳

アパレルデザインを中心に,デザイン関連の裁判例などをメモしていきます。

デザイナー名をブランド名にする場合の商標登録について。

「デザイン判例帳」といいながらデザインとは少々ずれますが,デザイナー名をブランド名にする際の,商標権に関する問題を検討してみようと思います。

 

デザイナーさんのお名前を,そのままファッションブランド名にするケースは多くあることと思いますが(有名な例だと,「ISSEY MIYAKE」や「JUNKO KOSHINO」等),このようなブランド名が商標登録されるかどうかについては,商標法4条1項8号に関する問題が存在します。

 

(商標登録を受けることができない商標)

第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。

(一~七号省略)

八  他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)

(九号以下省略)

 

例えば,山田花子さんが「HANAKO YAMADA」というブランド名を商標登録したいと思っても,他にも山田花子さんや山田華子さんが存在するため,「他人の氏名・・を含む商標」に該当し,商標法4条1項8号により拒絶されるのではないかという問題です。

他には存在しないような珍しい氏名であれば問題ないですが,同姓同名の方が存在する場合にはこの点が問題になります。

※もちろん,同姓同名の方の承諾を得られればよいのですが,全国かつ多数にわたる方の承諾をとることが現実的ではないといったケースのほうが多いと思います。

 

この点に関する過去の審決・裁判例を調べてみたところ,私の調べた限りでは以下のような結果となりました*1

 

1「他人の氏名・・を含む商標」に該当するとして,登録を許さなかった事例

①「山岸一雄大勝軒」(知財高判平成28年8月10日・平成28年(行ケ)第10065号,知財高判平成28年8月10日・平成28年(行ケ)第10066号)

②「yoshio kubo」(不服2015-15350)

③「Saori Mochizuki」を含む商標(不服2014-17545)

④「EIJI」と「MIYAMOTO」(「A」の文字の中央部横線は、双葉様の図形の装飾がされている。)の欧文字を二段に書し、かつ、前記「EIJI」の文字の両側に流線型様の図形を左右対称に配してなる商標(不服2015-1946)

⑤「炉端焼 Kazuo Okada」(不服2014-9382)

⑥「小野正人」と「onomasato」とを二段にして横書(不服2013-7878)

⑦「AKIKO OGAWA.」(不服2013-13053)

⑧「Michio Nozawa」(不服2012-15230)

⑨「VINCENZO VALENTINO」(不服2012-6172)

⑩「SANTIAGO GONZALEZ」(不服2011-26805)

⑪「Josiane Laure」を含む商標(不服2011-831)

⑫「村上隆」の文字と「Takashi Murakami」の文字からなる商標(不服2010-15068)

⑬「シャーリーテンプル」(無効2011-890009)

⑭「Keiko Tanaka」を含む(不服2009-9262)

⑮「CHANTAL THOMASS」(不服2005-5920)

⑯「菅野 満」(不服2000-20352)

⑰「LEONARD KAMHOUT」(不服2000-20761。論点は承諾の有無を判断する基準時に関するものであるが,最判平成16年6月8日・平成15年(行ヒ)第265号も参照。)

⑱「蒋 雪 英」(無効2000-35243)

⑲「NICOLE MILLER」(審判1999-35101)

⑳「Reinhold Messner」(審判1996-14416)

 

2「他人の氏名・・を含む商標」に該当しないとして,登録された事例

①「MASASHIYAMAGUCHI」(不服2015-15023)※出願商標の全体的まとまりを考慮して登録

②「junhashimoto」(不服2014-16939)※出願商標の全体的まとまり及び周知性も考慮して登録

③「MASAHIROMARUYAMA」(不服2013-21004)※出願商標の全体的まとまり及び出願人がブランド名として使用していることを考慮して登録

④一段目に「TSUTSUI」の欧文字、二段目に「HAJIME」の欧文字を含む商標(不服2010-28871) ※「他人の氏名」とは,日本人の氏名の場合、戸籍簿で確定される氏名であるという一般論を述べたうえで登録。

⑤「AYANO KANAZAWA」を含む商標(不服2002-21530)※「他人の氏名」は戸籍によって通常確定される,との一般論を述べたうえで登録。

⑥「AKIKO OGAWA」を含む商標(不服2002-14893)※出願商標の著名性を考慮して登録

⑦「HIDEAKI」及び「TAHARA」の欧文字が二段に併記され,「H」には薄くぼかしたデザインが施されており,その他の「IDEAKI」及び「TAARA」の欧文字は黒い文字であって,当該欧文字に下に「イデアキ ターラ」と記載されている商標(不服2002-7626)※「IDEAKI」及び「TAARA」と看守されることを考慮して登録。

 

3「他人の氏名・・を含む商標」には該当するものの,登録された事例

①「横沢卓也」(不服2017-5040)※出願人以外の「横沢卓也」なる氏名を有する他人の存在を発見できないとして登録。

②「Daniel」「Cremieux」(第2番目の文字「e」には、アクサン記号が付されている。)の欧文字を含む(不服2010-650142)※事後的に「他人」の承諾を得たことにより登録。

③「PETER BROWN」(不服2008-650171,不服2008-650172)※「PETER BROWN」なる俳優が存在していたことは認められるものの、本名であるのか芸名であるのか確認することができず,芸名である場合に当該俳優に著名性は認められないとして登録。

④「seta ichiro」(審判1999-20993,審判1999-20994)※「ハローページ」に記載されている「瀬田一良」は,掲載順序からして「セタイチロウ」と読むものとは認められず,デザイナー「瀬田一郎」(setaichiro)の承諾書は提出されているとして登録。

 ⑤「KORS BY MICHAEL KORS」(審判1997-19052)※事後的に「他人」の承諾を得たことにより登録。

 

 

以上からすると,少なくとも日本語の氏名については

・ローマ字表記(大文字)にする

・名氏の順にする

・名氏の間にスペースを入れずに一続きで記載し,かつ名氏は同じ字体及び大きさとする

という条件を満たせば,商標法4条1項8号に該当しないものとして登録されやすい,といったことがいえそうです。

登録肯定例の審決のなかには,商標法4条1項8号にいう「氏名」とは,戸籍上の漢字氏名を指すとする審決も存在するので(2の④⑤),当該審決に従えばローマ字表記にするだけで登録されるということになります。

しかし,ローマ字表記にしただけの場合は否定例の審決も数多く存在するところなので(1の②~⑤⑦⑧⑭),やはり上記3つの条件は満たしておいたほうがよいと考えます。

 

ところで,肯定例の審決のなかには,出願商標の著名性や周知性等を考慮して登録するものも存在します(2の②③⑥)。

これは,出願商標の著名性・周知性がゆえに,取引者や需要者がこれに接しても,直ちに「他人の氏名」を表したものと把握,認識し難いという考え方に基づくもののようです。そのため,かかる事情が存在する場合には,当該事情を示す資料を提出したほうがよさそうです。

もっとも,この点については,知財高裁判決が,商標法4条1項8号の適用については「出願人と他人との間で事業内容が競合するかとか,いずれが著名あるいは周知であるといったことは,考慮する必要がない」(知財高判平成21年2月26日・平成20年(行ケ)10309号)と判示しているため*2,必ずしも当該事情が考慮されるとは言い難いことに留意が必要です。

 

なお,この問題に関する学説としては,

・商標法4条1項8号を適用するためには,他人の氏名について「承諾を得ないことにより人格権の毀損が客観的に認められるに足る程度に著名性・希少性等を必要とすべき」とするもの*3

・商標法4条1項8号の「他人」に該当するためには無承諾で商品・役務の目印として使用されることによって不快感を感じたり,何らかの迷惑を感じたりする客観的事情がなくてはならないとするもの*4

・商標法4条1項8号を適用するために,他人の氏名について希少性までは要しないとしつつ「ある程度ありふれたものではないことを要する」とするもの*5

ある程度の著名性がない商号や氏名については,異議申立てや無効審判を請求して積極的に自ら保護を求めたときに,8号を適用すれば足りるのではなかろうかとするもの*6

・欧文字表示,逆順表示,欧文字表示かつ氏名をスペースなく結合して表示する場合やロゴと結合させる場合について,商標法4条1項8号該当性を否定できる可能性に言及するもの*7

・他人の氏名について「出願後に事情が変化する可能性を顧慮して,出願時に知られているかどうかを問わず,本号に当たるとすることは不合理ではない」とするもの*8

等が存在します。

 

以上のとおり,氏名をブランド名にする場合の商標登録には一定程度ハードルがありますが,絶対に認められないということもないようですので,上記3要件を満たしつつ,かつ学説の考え方を参照し,挑戦する価値はあるように思います。

 

デザイナー名をブランド名にすることについては,他にも色々な問題が存在するところなので*9,今後も引き続き検討していこうと思います

 

 

 

 

 

*1:本当は「他人の・・名称」に関する審決・裁判例も調査したほうがよいのですが・・今回は時間の都合上「他人の氏名」に関する審決・裁判例に限定して調査しております。

*2:知財高判平成20年9月17日・平成20年(行ケ)第10142号及び知財高判平成21年5月26日・平成21年(行ケ)第10005号も同旨。

*3:網野誠『商標(第6版)』(有斐閣・2002年)338頁

*4:平尾正樹『商標法<第2次改訂版>』(学陽書房・2015年)163~164頁

*5:小野昌延・三山峻司著『新・商標法概説【第2版】』(青林書院・2014年)148頁

*6:工藤莞司『実例で見る商標審査基準の解説 第八版』(発明推進協会・2015年)224~225頁

*7:西村雅子「ファッション分野での知財マネジメントに関する一考察」(パテント 2014 Vol. 67 No. 15)

*8:金井重彦・鈴木將文・松嶋隆弘編著『商標法コンメンタール』(LexisNexis・2015年)106頁[茶園成樹執筆],茶園成樹「商標法4条1項8号による人格的利益の保護」(パテント 2014 Vol. 67 No. 4(別冊No.11))も参照。

*9:例えば,デザイナーの承諾を得たうえでデザイナーが所属する会社が商標権を取得し,その後デザイナーと会社がもの別れになる等してデザイナーが独立するようなケースにおいて,以後デザイナーが自身の名前をブランド名としては使えなくなるのではないかという問題等。この点については,西村・前掲注5の55~56頁や,アメリカの事例についてはedited by GUILLERMO C. JIMENEZ and BARBARA KOULSUN『FASHION LAW  A Guide for Designers, Fashion Executives, and Attorneys  SECOND EDITION』(Fairchild Books・2014)29頁を参照。